レンガ彫り

   洞庭東西山では、明の時代のどの民居にもレンガ彫りの装飾が有りました。調査によると明朝嘉靖の時代には一定の技術が確立されていました。蘇州北の郊外の町、陸墓の以西では、明の時代には窯が有り、レンガを焼いて製造していました。清の時代には、「金レンガ」と呼ばれていました。材料が堅牢で重かったため、「堅レンガ」とも呼ばれていました。蘇州のレンガ彫りは明清時代、特に康熙以降、生産量は増え、彫る工場も造りが粗い物でした。乾、嘉の時代になると技術は進展があり、数量が多くなっただけでなく、規模も大きくなり、彫刻技術も複雑になっていました。嘉慶後期になると、逐次衰退して行きました。蘇州レンガ彫りは、建物内外の装飾に主に使われていました。客室前の門楼、目隠しの塀、更には「墀頭(壁伝いの柱の頭)」、「裙肩(腰壁のようなもの)」等の部位には皆レンガ彫りがされていました。内容は、戯曲物語、花鳥や動物、吉祥図案や書画等様々でした。技法は透かし彫り、浮き彫り、線刻等が有ります。作風は美しく爽やかで、細かく活き活きとしています。

 


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